肝臓をくれと言われたら

最近、Good Doctor とは別に、
ドクターXも見るようになった。
長いこと、
海外国内問わず、ドラマを見ておらず・・・
ドクターXも、2012年版から見始めた。


二日前、Good Doctorでも、ドクターXでも、
肝臓移植を扱っていた。
ドクターXでは、夫に妻が肝臓の一部を分けるという手術。


私は、ふと、


夫に肝臓移植が必要になったら、確かに大変よね!だって、あげるしかないものね・・・


と考え、そんな自分にふと驚いた。
夫とは、別に喧嘩もしない代わりに、仲もよくない。


にもかかわらず、


私は肝臓移植について考えた時、
夫に肝臓くれと言われれば、「あげる」と思ったのだ。あげるしかない、と。
(肝臓の一部の提供なら、その後、肝臓は再生するらしい)


家族でも、子供なら当然だ。迷うまでもない。何でももってけ。
そもそも、子供は自分の命より大事な存在なのだから。


夫の場合、自分の命より大事かと言ったら、それはない。


しかし、


肝臓が必要なら、あげる。


さらっと、あげるって思えるのは、
かえすがえす、驚きだ。
なぜって、
肝臓(肝臓に限らないが、臓器)をあげてもいいと思える他人って、
そうそう、いない気がするから。


夫は、他人だが、肝臓をあげられる。
なぜか。
夫が家族であるからだ。
これは、家族愛の話ではなく
母性愛の延長だ。
つまり、子供たちの父親である以上、あげるよ!という話である。
子供たちの父親には、元気でいてもらいたい。


そんな風に言うと、冷めたいが、しかし・・・・・
それでも、あげるものはあげるわけだし、
それも一種の愛だろうか。
少なくとも情だろう。
その情が、結構な発見であった。


それにしても、


友達を想定すると、
なんか、ビミョーに嫌な話になる。


〇〇ちゃんも、××ちゃんも、
仲いいけどね、好きだけどね、
肝臓はあげらない・・・・って話。


でもね、仕方ないのよ。
自分の予後が悪くて、それが自分の家族に負担になったら困るし・・・。
それを想像して、友達も恐らく、私に頂戴とは言わないだろうし。
逆に、私も、絶対に友達に頂戴とは言わない。
結局、いうなら、まあ、夫に言うしかない。あとは、あれだ、弟だ!
二十年以上禁酒しているし(笑)
子供には言わない。それはなしだ。(私の場合)


うーん。
実家の親友に関しては、医者の説明を聞いて、予後問題ない率が高いなら、
あげてもいいかとも思うが・・・。今ここで断言はできないな。
ともかく、友達に肝臓をあげられるか?という話題は、ここだけに限る。


夫の、
先だっての人間ドックの血液検査結果を見ると、
基準値を飛び出したものは特になく、肝臓もしかり。
・・・・あえて比較して言うなら、私の肝臓の方が、危うい。


あげるか/あげないか、の問題ではなく、
どちかというと、
貰えるか/貰えないか、の問題の方が、
私にとって、現実的だ。


ともかく、
今は休肝日を大事にしよう。


昨日から夫は出張。2週間不在だ。
子供同様、私も開放的な気分だが、昨夜はアルコール無しでOKであった。
開放的な方が、コントロールしやすいのかな?!
夫が不在だと、夜更かし三昧になりがちだが、その辺も気を付けよう。

自分の意思をひいきする

先ほど書いた記事の補足的な話なのだが、
そもそも、あの量で私が依存体質だと言うのは、
結局、あの量であっても、ゼロには出来ないからだ。
ゼロにしようとする際の葛藤は凄まじく
今日もゼロは出来なかった、という時の嫌悪感、罪悪感、がひどいからである。
こうなると、
暴飲暴食ではなく、
小飲小食であっても、依存体質を疑うわけだ。


さて、この依存体質ゆえ、
飲食に関する節制を意識するようになって、
友達付き合いも、やや億劫になってきた。


付き合い=茶のみ
ならいいのだが、
付き合い=食事
となると、
相手に相当会いたい気持ちが強くない限り、
面倒に感じてしまう。


嫌な言い方だが、
こんな付き合いごときに、
私の食事方針を破壊された、なんて思うのだ。


意思を強く持って、


ごめん、私は茶だけ!
とか、
私は炭水化物なしで、
とか、
言えばいいのだが、
なんか、雰囲気を悪くしないまでも、
私が発言した瞬間だけ、空気が張りつめるような気がして、
あるいは、
私に注目が集まりそうで(複数人の場合)
勇気がない。


家族なら全然OKだが、
友達だと、
自分の食事方針を自分が貫くだけで(相手にまで勧めなくとも)、
相手の趣味や嗜好を否定していると思わそうで、ドキドキしてしまう。


また、
予めメニューを選んでおく時なんか、
自分だけ特別メニューってわけにもいかないし・・。ため息が出る。


この際、医者に言われている、ことにしてしまえばいいが、
実際のところ、
それは嘘だ。善良な友人を騙すのを気が引ける。


しかも、
これは自慢でも何でもないが、
私は痩せているので(166の47~49キロを25年以上行ったりきたり。20歳前後は、もう少し肥えていたが)、
下手に、
私は茶だけ、とか、私は炭水化物無しで、
なんて言って、
拒食症を疑われても困るのである。(実際、そこまで細くはなく、肩幅が広いせいか、細身の男みたいな痩せ)
それで、「ランチも、きちんと食べた方がいいよ!」とアドバイス的な言葉を貰っても、逆に困る。
実際、貧血すらなく、痩せも過度ではなく、血は、良くも悪くも濃いのだから。


この間も、楽しいランチであったが、
大量の炭水化物を食べ、スイーツまで食べたことを思うと、
なんかもう、
やっちまった!
変なものを体内に入れてしまった!
という後悔や不安が大きくて、
楽しかった~
という
喜びの立ち位置は、
そういう後悔や不安により、に押しやられた。


うーん🤔


中には、私同様、ランチは重いから、コーヒーだけのお喋りでOK!という方もいて、それがベストなのだが、皆が皆そうではない。


うーん🤔


まあ、ラインアカウントのリセットで、もはや、本当に合わない友人とは、会わなそうだ。
となると、正直に話してもいいかもしれない。


「私ね、ランチはね、色々わけあって、ゼロじゃないけど、かなり小食にしているの。だから、出来れば茶だけで・・・」
ってな感じで。


相手がそれで不服そうなら、
もう、さようなら、でいいのではないか。


恐らく、
今現在繋がっている友達を思い浮かべると、
嫌!なんて言わずに、さらっと、
「いいよいいよ」
と、言ってくれそう。
あるいは、
「じゃあ、私は食べるから、茶だけでもOKの店にしよう!」
とかね。


人が自分をどう思うかよりも、
まずは自分の意思をひいきすることだ。
長いこと、そういう思考を心がけてきたが、
完璧には実践できていなかった。そろそろ、完璧に実践する年頃だ。
更年期・・・。


さてさて、バイトの準備をしよう。

依存症体質

Good Doctorを相変わらず見ているのだが、
何話だったか、
『アル中克服の会』知り合ったカップルが出てきた。
2人は、共通のロッククライミングという趣味を持っている。
ロッククライミングは、彼らにとって、
アルコールの代わりの刺激である。
しかし、
このカップルの男性の方が、脚を切断するか否かの選択を迫られた時(結果、脚は選択しないでHappyEndなのだが、それはさておき)、女性が言う。


「彼は刺激がなければ生きていけない・・・」


つまり、脚を失えば、ロッククライミングという刺激をも失うことになり、それでは、彼は生きていく意味を失うのではないか・・・というわけだ。


ストーリーはさておき、ここで、私は考えた。


私は若い頃から、刺激、変化が好きで、それを堂々と知人、友人にも話していた。
刺激や変化が好きといっても、引っ越しとか、転職とか、※友人リセットとか(※やみくもにするわけではない。あくまで、傷ついた、気が合わな過ぎる、という時の手段)
、そういうレベルの話だ。別に、合法麻〇とか、不倫とか、そういう方向にはいかない。


が、今回の台詞を聴きながら、
アルコール、カフェイン、スイーツとの私の関係も、結局これだなと思った。


水では刺激がない。
アルコールなら酔う。
気が大きくなって不安がふっとんで、何でもどうにかなる気がするし、悶々とした思考がすっとんで、脳裏も視界もクリアーになる気がする。


カフェインは、やはり、頭がさえる。
この覚醒感、シャッキッ背筋が伸びて、ここから1日が始まる感じで気合が入る。生きる気力が倍増する。


スイーツは、幸せホルモンを出す。とりあえず、口に入れれば、ドーパミンだの、セロトニンだのが出て、満たされる。もっとも、インシュリン出てからは、専門的なことは分からないが、疲れる気がするが・・・。


ともかく!


刺激好き、変化好きの私は、
環境の変化などには強く(まあ、そこそこ)、
それはメリットだが、
でも、口に入れることに関しては、
やはり依存症体質/気味だと思われる。


今のところ、過度に達しないのは、


そこまでアルコールに強くない、
そこまで胃が強くない(腸は丈夫だが、胃は痛くなる)
そこまでカフェイン耐性も強くない(眠れなくなるし、閃輝暗点になるし)


そして、何といっても、
病気への恐怖が、刺激や変化への欲求以上に大きい・・・


からである。
だから、ワインは3杯まで、
コーヒーも3杯まで、
スイーツも、
これは、数え方の単位がよく分からないが、
ケーキ食べたら、1食分の炭水化物をゼロにして、野菜をさらに多めにとるとか・・・している。


さて、


私の父は、ロックダウン後、ほぼアル中だった。(もともと酒好きだったが、仕事をしていた頃、登山や囲碁の趣味に興じていた頃は、節制出来ていた。コロナと、食道がんがきっかけで、家に一人で居ることが増え≪母は私が20歳の時に他界しているので≫、認知症っぽくなって、結果、酒のコントロールも効かなくなった)


また、


私の弟は、

このままではアル中になる!

いや、すでにアル中だ!

と自覚し、20年くらい前から禁酒している。(自分は、アルコールをゼロにしない限り、適量を守れない人間なのだと気づいたらしい。節制して付き合うことが出来ないから、付き合いそれ自体を断つしかない、と)


遺伝的なものを100パーセント信じるわけではないが、依存症体質って、あると思う。
あらゆる条件(育った環境とか、人間関係とか、ストレスとか)が重なった上で、症状の有無が決まるにせよ、体質はある気がする。確信はないけれど。


とりあえず、私も気を付けよう。


それぞれの量を減らそうと思う。


ワインは1杯までにしよう。
コーヒーは2杯まで。
スイーツは、付き合いで何となく・・・の時だけにしよう。


依存の対象とも、

依存の体質とも、
うまく付き合おう…


いうは易し


前に書いた結論と似ているが、
変化とか、刺激とか、

もっと健全な事柄で探せばいいわけだ。
それこそロッククライミングととかね。(絶対にそれはしないが(笑))


ともかく、今日の午前中のコーヒーはこれで終わり・・・。
あと一回、午後に残そう。